例えば JR や私鉄などの駅などで、最後に「ゴミ箱」を見たのはいつだったか覚えておられるだろうか。17 年前のあの日を境に、もう我が国の何所にも安全な場所などないのだ、と思い知らされた。
そう、平成七年三月二十日。
あの日から数日後、日本中の駅構内から「ゴミ箱」が消えたのだ。
僕はその日、東京へ会議の為に向かっていた。
事件が起きたのは午前八時だとされているから、僕はまだ新幹線の中だった。
九時過ぎに東京に着くと、地下鉄の日比谷線、丸の内線、千代田線などが止まっているというニュースを聞く。
丸の内線で赤坂見附から乗り換えて青山方面に向かう予定だったのでJR を使う事にする。
東京駅もそうだったが、通過する駅や車内も騒然としていた。
何か薬品が撒かれて大勢が倒れたらしい。
まだ情報はその程度だった。
本社に着くと、開口一番「大丈夫だったか」と聞かれた。
何があったのか、と尋ねると「サリン」が撒かれたらしいとの事。
あの松本の … と思う。
その二三年前、長野県の松本市で起きたサリン事件は七人もの死者を出していた。
そんな物が地下鉄で撒かれたら …。僕はテレビで流されるニュース映像を見ながら背筋が冷たくなる思いだった。
無辜の市民、何の罪もない人々。
本当に罪があるかないかは別にして、その後明らかになる実行犯や、それを命令した人物とは、何の因果もない人々が襲われる。
人を殺める事件は古来、恐らく人類の歴史が始まった頃から起きている。
しかし、それは当人同士、あるいは関わる人たちの間で起きる悲劇であった。
何の関係もない人たちが巻き添えを食う殺人が起きるようになったのは支配者が生まれてからだ。
支配者は従者に様々な要求をするが、その中には他の支配者が支配する従者を排除する事も含まれた。従者が増えれば要求して搾取できる額も増える。
こうして人類は「何の関係もない」人を殺すようになった。
その結果、人は人を信用しなくなった。
何故なら、その隣人は何時自分を殺す事になるのか分からないからだ。
でも同じコミュニティに属する事、共通の認識を持つ事で幾らかが緩和されているのが、現代日本であった。
無差別殺人はあり得るとはいえ、それは被害者には申し訳ないが「運が悪い」のだ、と。
たまたまそこに居合わせてしまった不運が原因なのだ、と。
目に見えない細菌やガスで無差別な殺人をするテロ行為。
そういった攻撃に晒される危険性などは交通事故に遭う確率よりも低い。
実際もそうなのだろうが、些かも危険性を考えないのは、あまりに無防備であるという事実を、この事件以降考えざるを得なくなってしまった。
公衆の場所に置かれていた「ゴミ箱」は、その中に「ゴミ」以外の物を入れないという信用から置かれていた物だ。
だが、この事件以降、我々が信用されなくなった。
我々が相互信頼を失っていくきっかけになったのは、僕はこの事件だったのではないか、と思っている。