左手

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僕の左手の人差し指は曲がっている。
伸ばすことは出来るし力を込めることも出来るから何の不自由もない。
ただ掌を広げた時には例外なく曲がっているのだ。
不思議なのは、この事実に最近気がついたことだ。
それまで僕は自分の指が曲がっているなんて思いもしなかった。
いや、もっと言うなら自分の指のことを意識することすらなかった。

これに気付いた時には、少なからずショックを受けた。
何の不自由もないのだからショックの原因が自分でも良くわからなかったが、多分今まで自分の体の、しかもしょっちゅう目にする部位のことすら知らなかったことに対してだろうと思う。

僕はそれから数日、曲がっている左手の人差し指を時折眺めた。
微妙なら角度で曲がっていて、その部分だけ後から付け加えられたような違和感があった。
もちろん後付けではなく間違いなく僕自身の指なのだけど、どうして曲がることになったのか見当すらつかない。
大怪我をした記憶もなければ、小さい頃から曲がっているといったこともない。
いや、意識したことがないのだからと考え直し母に尋ねても、さぁそんなことはなかった気がすると、頼りない返事が帰ってきたのみだった。
いくら実子とはいえ、特に不自由ない指先のことなど細かくは覚えていないのだ。

いつからか曲がっていた指。
自分の知らない自分は密かに進行していて、今ですら何かを秘密裏に進めているかもしれない。
深夜、かさこそ音を立てて変容していく身体を想像してぞっとしたりした。