7 月 7 日、晴れ

9215492978_343a144d23_b

9215513916_5b9a1a2fce_b

9212746787_fd24c46a31_b

「もしもし」
もしもし
「うん」

少し声が掠れて聞こえた。
気のせいかもしれない。

えっと … さ …。
「うん」

僕らはケンカをしていた。
そう思っていた。
いつもなら僕が謝っておしまいなのだが ( これは緊急避難ではなく、大方の場合において僕が悪かった )、今回のは謝っても許してくれる気配すらなかった。
僕はケンカの切っ掛けを思い出して、この諍いがここまでお大事になるという事が理解できないでいた。

謝って済むという事ではないんだよね
「あなたが謝る事ではないのよ」
うん
「寧ろ、今回は私自身の問題」
うん
「出来ればね」
うん
「しばらく放っといて欲しいの」
そうか
「うん」

僕は取り付く島もない事を再度確認した。
こりゃぁダメだ。
そんな事を思った。

駅の構内はごった返していた。
楽しげな音楽や笑い声は、今は恨めしい。

「ね」
うん
「ずいぶん賑やかだけど、どこにいるの?」
菊名
「え?」
菊名だよ
「面白い所にいるじゃない」
うん

菊名は東横線の駅名だが、彼女の家から程近い場所だ。
僕はこの電話で許しが乞えたなら、そのまま彼女を連れだそうと甘い希望を抱いていたのだ。

「わたしね」
うん
「このまま別れてもいいと思ったのよ」
うん
「でもさ」
うん
「たった今、気が変わったわ」

彼女は電話の向こうで少し笑った。
気のせいかもしれない。

「サンジェルマンにいて」
わかった

朝から降っていた雨は止んだようだ。
外を歩く人たちは傘を畳んでいる。
ややあって彼女は現れた。
僕は今でもその時の彼女を正確に思い出す事ができる。
口紅だけで他に化粧っ気はない。
淡いピンクのポロシャツにジーンズ、そしてサンダル。
( 暑いね )
彼女はそう言うとアイスコーヒーをごくりと飲んだ。

あのさ
「うん?」
どうして?
「何が?」
どうして気が変わった?
「聞きたい?」
うん

「あなたの健気さと」
うん
「今日が 7 月 7 日だから」

市電

9215582732_40be871797_b

9215604128_e36e480d30_b

9212796835_2954aa7200_b

市電がある風景というのも近頃では珍しくなってしまった。
僕が小さかった頃は未だ名古屋にも市電があり、何度か乗った記憶がある。

写真は愛知県東部の豊橋市。
名古屋近隣ではここでしか見られない風景になってしまった。
省エネとか CO2 削減とかには最適な交通システムだと思うんだけれど。

旧本多忠次邸、再訪

9215615290_35e6c62662_b

以前にご紹介した「旧本多忠次邸」に再訪してきた。

9215626062_99588a05a9_b

9215634682_879bd867f7_b

とにかく見どころ満載の建物である。
とても一回では見切る事ができない。
決して華美ではなく、質素を旨としながら吟味を重ねた素材 ( 例えば床の間に使われたメープルの虎目なんてレスポール・ファンが見たら涎を垂らしそう ) や、細やかに気配りされ設えられた家具など、設計から携わった本多氏の人柄が伝わってくるようである。

Continue reading “旧本多忠次邸、再訪”

ぼくらが旅に出る理由

9200411321_b4239d6309_b

9200428499_9edeea041d_b

9203246488_5fb7089879_b

遠くまで旅する人たちに あふれる幸せを祈るよ
僕らのすむこの世界では 旅に出る理由があり
誰もみな手を振っては しばし別れる

好きな歌である。
30 歳になるかならないかくらいの時代の歌だ。

君と僕は恋人同士であったのが、君が遠くニューヨークに行くことで離れ離れになる。
距離は離れているが二人の思いは褪せることがなく、彼女からの「愛は深まっていく」手紙に対して、僕は「腕をふるって」「とても素敵な長い手紙」を書く。
額面通り、僕はそんな歌だと思っていた。

30 歳を過ぎた辺りから、人を見送る事が多くなった。
葬送というのは、人を老けさせるのだと思う。
誰かが亡くなって小さな箱に入って家に帰るのを見るたび、僕は何だか凄く遠い場所に来てしまった気がした。

僕の前からいなくなってしまった人たちは、初めのうちは僕よりも年が上の人たちばかりだったのが、やがて近しい人たちすらいなくなるようになった。
そうこうしているうちに、今度は僕自身が生死をさまようような事にもなった。
人が死んで往く事。
否が応でも、それについて考える日が続いた。

そんな時、再びこの歌を聞く事があった。

遠くまで旅する恋人に あふれる幸せを祈るよ
ぼくらの住むこの世界では 太陽がいつものぼり
喜びと悲しみが時に訪ねる
遠くから届く宇宙の光 街中でつづいてく暮らし
ぼくらの住むこの世界では 旅に出る理由があり
誰もみな手をふってはしばし別れる

何事も一つの方向からしか見ないのは片手落ちだ。
一見、何の意味も持たないように思える事でも、もう一方から見ればとても大切なメッセージを示していたりする。
理由が見つからないから、僕はまた明日も生きていくのかも知れない。