街中のコントラストが上がった。
まるで雪が降った夜のように街が静まりかえる。
エアコンの室外機の音だけが聞こえてくる。
遠くで水浴びをする子どもの声。
良かった。人類は滅亡してない。
関東甲信越は「梅雨明けしたとみられる」らしい。
早い。いくら何でも早すぎる。
こういうのは後で訂正が効く。
努々ご油断召されるな。
とはいえ、三河は晴天であった。
伴い大変な蒸し暑さである。
今日は未だ海からの風があったのだが、昨日は酷かった。
冷房の効いた車から降りた途端に目の前が真っ白になった。
これはメガネが瞬時に曇ったせいで家人には爆笑を買った。
僕は大馬鹿であるので、今日も昼日中、まさに最高気温をマークしようとする時間帯にカメラを持って近所を歩いていた。
歩き始めて数分は気持ちよく歩いていたのだが、10 分も経過する頃には後悔し始めた。
後頭部に熱がたまるのがわかる。
これは拙い。熱中症で行き倒れては大変である。
早々にコンビニへ退避。
それでも 1 ロールは撮り終えて来るところが、僕の偉いところである。
エアコンの下に陣取りながら、今スキャンをしている最中である。
「もしもし」
もしもし
「うん」
少し声が掠れて聞こえた。
気のせいかもしれない。
えっと … さ …。
「うん」
僕らはケンカをしていた。
そう思っていた。
いつもなら僕が謝っておしまいなのだが ( これは緊急避難ではなく、大方の場合において僕が悪かった )、今回のは謝っても許してくれる気配すらなかった。
僕はケンカの切っ掛けを思い出して、この諍いがここまでお大事になるという事が理解できないでいた。
謝って済むという事ではないんだよね
「あなたが謝る事ではないのよ」
うん
「寧ろ、今回は私自身の問題」
うん
「出来ればね」
うん
「しばらく放っといて欲しいの」
そうか
「うん」
僕は取り付く島もない事を再度確認した。
こりゃぁダメだ。
そんな事を思った。
駅の構内はごった返していた。
楽しげな音楽や笑い声は、今は恨めしい。
「ね」
うん
「ずいぶん賑やかだけど、どこにいるの?」
菊名
「え?」
菊名だよ
「面白い所にいるじゃない」
うん
菊名は東横線の駅名だが、彼女の家から程近い場所だ。
僕はこの電話で許しが乞えたなら、そのまま彼女を連れだそうと甘い希望を抱いていたのだ。
「わたしね」
うん
「このまま別れてもいいと思ったのよ」
うん
「でもさ」
うん
「たった今、気が変わったわ」
彼女は電話の向こうで少し笑った。
気のせいかもしれない。
「サンジェルマンにいて」
わかった
朝から降っていた雨は止んだようだ。
外を歩く人たちは傘を畳んでいる。
ややあって彼女は現れた。
僕は今でもその時の彼女を正確に思い出す事ができる。
口紅だけで他に化粧っ気はない。
淡いピンクのポロシャツにジーンズ、そしてサンダル。
( 暑いね )
彼女はそう言うとアイスコーヒーをごくりと飲んだ。
あのさ
「うん?」
どうして?
「何が?」
どうして気が変わった?
「聞きたい?」
うん
「あなたの健気さと」
うん
「今日が 7 月 7 日だから」
以前にご紹介した「旧本多忠次邸」に再訪してきた。
とにかく見どころ満載の建物である。
とても一回では見切る事ができない。
決して華美ではなく、質素を旨としながら吟味を重ねた素材 ( 例えば床の間に使われたメープルの虎目なんてレスポール・ファンが見たら涎を垂らしそう ) や、細やかに気配りされ設えられた家具など、設計から携わった本多氏の人柄が伝わってくるようである。